この道を貴方は一人で幾度もなく通った。
雪降る早朝、ダークブルーのマフラーと帽子をかぶり、紫の厚い手袋に身を包んで。
きっと貴方の吐く息はくっきりと白かったでしょう。貴方の吐く息使いが私の耳に聞こえてきそうです。
慣れないオレゴンのアパートで貴方の帰りを待つのに耐えられなくてよく貴方を迎えにいきました。
貴方はこの道で私を見つけるとこぼれんばかりの驚きと笑みを浮かべて私を迎えてくれました。 そして、手を繋いでくれました。
あれから2年以上の歳月が過ぎました。今では貴方が通わないこの道を一人で歩きたくなりました。
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この低木は貴方が通った会社とアパートからの中間点でしたね。
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低木の側には夫婦紅葉。ここを通る度に私は足を止めて貴方にいいました。
「知ってるでしょう? 紅葉は私の子供の頃の想い出の木なの......」
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四季で彩る家の庭に立つ紅葉。私が高校生まで暮らした貴方の知らない家、そして少女時代の追憶。
ここを通る度に何度同じ話を繰り返しても、貴方は一緒に足を止めて優しく聞いてくれました。
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どこからか鳥の声が聞こえます。見上げると「私」が一人で高木に止まっていました。
「Qちゃん、 Qちゃん!」
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「私」がそう鳴くと「貴方」はいつもどこからか飛んで来てくれました。
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貴方と暮らしているのに、この先どこに行くのか見えなくて不安になることがあるんです。
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確かなこと。この道を貴方と共に歩いたこと。
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道の向うには何があるか判らないけれど貴方と歩いてきました。
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一人では味わえなかったものを発見して貴方の胸ではしゃいでみたり。
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発見が習慣になってしまうと貴方の誠実さを「退屈だ」とやじってみたり。
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私は幼妻でした。貴方は私の罵を清らかな心の水でいつも洗い流してくれました。
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そんな貴方にずっと甘えていました。
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前方が見渡せる明るい道では貴方の手を振り払って自分一人で歩きたいといいました。
貴方は黙って後ろで見守ってくれました。
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一人ではなにもできない自分の弱さを知り挫折も経験しました。
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涙を拭いて顔を上げると貴方は微笑んでいました。
頭のいい貴方のことだから、そうなること知っていたのでしょう。
大人で判断力のある貴方だから、1度言い出したら融通のきかない私を知っていたのでしょう。
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私は先を考えないで一人で前に進み過ぎていました。貴方は先を考えて私の無鉄砲な判断を阻止しようとしました。 貴方の私への労りだと知らずに恨んだこともありました。
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ようやく貴方の偉大さを冷静になって感謝できるようになりました。
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まどろむ小沼は水中が見えません。表面ばかりに囚われていて、このなまぬるい水下で生物の営みが絶えず行われていることを見落としていました。
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視力ではなく心力でしか測ることのできない「沈黙」や「静止」は容易いようで実は難しいことを知りました。
「待つ」は「失う」ではなくて「獲る」になることもあるという方程式を貴方は教えてくれました。
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「卵」が沼の中で生命を獲るように、「私」も貴方の確かな愛情で包まれながら成熟を獲ています。
私には「貴方の温もりに触れる暮らし」が不可欠なのです。貴方の血が通う温かい体に触れていられれば「なくてもいい不安」におびえなくてもいいのかもしれません。
貴方の温もりに触れる暮らし≧なくてもいい不安、
今の私の感情方程式です。
晩ご飯:
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豆腐ハンバーグ
西瓜の皮のキンピラ
豆ご飯