日本に住んでいた頃Qちゃんはアメリカに帰るたびに日本の扇子を持って帰っていた。
扇子というと丁寧な響きで絹で出来ている高価なうちわのようだが、Qちゃんが好むのは庶民派の祭なんかでただでもらえる紙と割り箸でできたうちわだ。
それをアメリカ人の友人や家族の土産にするとたいそう喜ばれるのだ。
やはり人間は誰しも異国の物や習慣に興味をそそられるのだろう。
前世は「温泉につかる日本猿だった」のではないかという程Qちゃんは温泉好きである。
Qちゃんは温泉と浴衣が大好きで旅館に泊まるといつも丁寧な日本語口調で旅館の従業員に話しかけて旅館の浴衣を記念に頂くのが常であった。
日本へ旅行をしている身分ならまだしも日本に住んでいる身分のQちゃん。
日本人の私はすこし気が引ける気がしたが従業員さんは「気になさらないで下さい。うちには浴衣はたくさんありますから」と大変親切な言葉をかけて下さった。
そしてQちゃんは英語なまりの日本語で「どうも、ゆっかた、ありがとう」と旅館の玄関でスリッパを脱ぎ靴にはきかえ女将と主人から見送られながら門を出るのであった。
ちゃんと頭も下げてペコリとお辞儀までしているQちゃんを見て「あなたもやるわね」と感心したもんだ。
昔も現在でもそうだが、私はQちゃんの言語行動をアメリカ人だと区別して観察しているふしがある。
このように昔の想い出を書いていると、ふと気がついた。
Qちゃんはどうやら三文字の日本語単語を発音するとき「最初の単語の音素にアクセントを置いて発する傾向がある」ようだ。
「ゆかた」の場合は『ゆ』にアクセントが強調されて発せられる。
これは姉の 「ちひろ(ちゃん)」を『ち』にアクセントを置いて「チッヒロ」と呼ぶのと似ている。
例しに「私の仮説」が正しいかどうか試してみることにした。
3文字の日本語単語、、、、3文字の日本語単語。
パソコンの画面から目を離して部屋の中をきょろきょろと見渡してみる。ソファーの家で寛ぐQフロッグを発見!そうだ! これでいこう!
Qちゃん、あのさ、「Frog (カエル)」を日本語でなんていうかいってみて。
「か(ッ)える」
(やっぱり、そうだ。) えっ、聞こえなかった。もう一回いってみて。
「か(ッ)える」
やはりQちゃんは「か」にアクセントを置いている。
まだまだ他の単語でも例してみなければいけないので「この仮説」は正論かどうかこの時点では断言できないが、時間がないからここで中断することにする。
今晩は肌寒い。こんな秋夜は夕食前に熱い風呂につかって自分にご褒美をあげようではないか。
ルルルルルルウッ~、 湯ぶねで歌までうたうほどお風呂はやっぱり気持がいいな。
風呂から上がるとQちゃんがニュースを見ていた。
Qちゃんもお風呂に入れば? 今晩は冷え込んでるもん。気持いいよ。
初めは乗り気ではなかったようだが「風呂上がりにご褒美が待ってるよ」の私の一言が彼の決断を変えたようだ。
私がつかったオフロにQちゃんが体を浸している。寝室に行く振りをしてこっそり覗いてみるとQちゃんは赤ちゃんのように体を湯ぶねに沈めて幸せそうに目を細めている。
この風景が好きだ。
オレゴンのアパートだろうと、ハワイの大きなバスルームだろうと、日本の金沢にいた頃の狭い日本式のオフロだろうとQちゃんのこの幸せな顔を拝めれることほど贅沢な一時はない。
雪國金沢で暮らしていたころ。
ぼた雪が降る夜仕事から自転車で帰ってくるとQちゃんがまずすることは「母がQちゃんのために沸かしてある熱い風呂にドバッと全身を浸すこと」であった。
私は彼のパンツとパジャマを運ぶついでに晩ご飯につくっておいたクリームシチューを温める。
彼が蒸気で頭をのぼせて倒れているのではないかという自分勝手な理由をつけて風呂場にいる彼によく声を掛けたものだ。
あれや、これやと話し掛けていると終いには風呂場からQちゃんの返事が聞こえなくなってくる。
心配をするというよりも、むしろQちゃんが何をしているのかという好奇心から私が風呂場の扉を開けるとそこにはいつも同じ姿のQちゃんがいた。
その姿はまさに日本猿が快感の頂点に達して目をつぶっている姿だ。
そういえば最近Qちゃんのこの姿を拝む機会がなかったな。
今年の冬はたくさんお風呂を沸かしてQちゃんを幸せ絶頂の温泉猿にしてあげよう。
Qちゃんは日本の銭湯が大好きでバスケットをした後必ず友人と一緒に銭湯で汗を流すのが彼の日曜日の過ごし方であった。
市営体育館から車で10分くらいの所に、確か「レモン湯」という浴場があったはずだ。
その公共風呂でアメリカ猿と日本猿は同じ湯につかり裸の付き合いをしていた。Qちゃんはそれほど温泉や銭湯の日本習慣が好きなのだ。
そして家に帰ってくると汗ばんだティーシャツとタンパンに靴下、それに温泉で脱ぎ捨てた下着をスポーツバッグから取リ出して洗濯機に投げ込む。
それが終ると必ず私と両親がテレビを見ている居間に顔を出して家族だんらんの寛ぎを取り戻す。
つくずく思うが、Qちゃんは私とは大違いで私の両親と時間を過ごすことを自発的にかってでていた。
サザエさんのマスオさんに匹敵を取らないほどの良い婿さんだと自分でも思うし、それを保証するのは誰でもない私の両親だっただろう。
先月帰化する前に父と電話で話した。
父はしょぼんとした声で「お父さんはななが帰化することには全然反対はしないよ」といった。
しばらく沈黙があった。
それから父が受話器で「だけれど本当は、、、、もちろん、できるならばの話だけどね。クデュースとななに日本に戻ってきてまた一緒に暮らせればお父さんもお母さんも嬉しいんだ」
父の様態のこと、これからの母の看病のことを考えると「帰化する決断」に一瞬迷いがよぎった。
しかしその感情をマイナスにして私は帰化面接にのぞんだ。
私が帰化をするにあたって周りの皆が単調に「おめでとう!」というけれど、私の心は皆が考えているように「めでたい」わけでは決してない。
父と母の戸籍謄本からQちゃんと結婚をして自分の戸籍を持つ身となった。
あの時から私は父と母の家元を法的には抜けたのだろうが、私にはまだ家元に帰れるという気持があった。
帰化をすることは父と母の戸籍から私の名前が永遠に消えること、同時に私は家元まで失った。私の心はやはりまどろんでいる。
人が思うほど私の心や状態は明るいパステルカラーではない。
しかし気持ちはそうでありたい。そしてそう信じるように努めている。
いつか自然とそうなる自分ができあがるまで自分を見守っていこう。
そうこうしているうちにQちゃんが風呂からあがってきた。
「風呂からあがると体がポカポカしてなんだか暑いくらいだ」お風呂あがりのQちゃんは顔がほてっているせいかなんだか誘惑してしまいたい。そんなQちゃんを待っているのは晩ご飯と体の火照りを冷ます「うちわ」だ。としさんからもらったのこのうちわの和菓子! 見た瞬間にひとめぼれ!
壊れやすいからここで食べなさいといわれたけれど、ブログにのっけたかったこと、それにQちゃんにも見せてあげたかった!こんな綺麗な和菓子! 日本の菓子だよね、さすが!
うちわ菓子を頂くまえに晩ご飯の献立を書いておかないと!チンゲンサイと大蒜の炒めもの
大蒜味噌と玄米
若芽と萌しのナムル
豆腐の味噌汁Qちゃんも興味津津! 二人でうちわをあおいで体のほてりを冷ましたら、がぶっ!Qちゃんはうちわの右側を、私はうちわの左側をかぶりとやりました。わあっ、感激! やわらかい米煎餅にハッカ味のゼリーもちが優しく包まれている。
丁寧で繊細なうちわ和菓子は日本の美意識を思い出させてくれた一品でした。としさん、 ありがとう。